こんにちは。セラピストのヨシジマです。臨床心理士です。
現在は、「ストレスプロファイル」という、バイオフィードバックを用いた、身体の生理状態の検査を行っていますが、専門は心理カウンセリングです。

心理カウンセリングでは、ご存じのとおり、悩んだり困ったりしていることについて、相談者とカウンセラーが話しながら進めていきます。相談者は、「話したい」「聞いてもらいたい」とか、「なんとかしたい」などの思いがあるので、話をするという方法を選んでいるわけですが、心理カウンセリングにおいても、からだのことが重要だなと思うことは少なくありません。
例をあげますと...。

Aさんは、親族の中でおきたトラブルに困っていました。もっと困っていたのは、そのことでノーを言えないことでした。これまでAさんは"逆らう"ことを考えたことがなく、何でも「はい、はい」と人が言うとおりにし、自分の考えを出したり、嫌ということができませんでした。Aさんの体はとても緊張感にあふれていましたので、「からだにも力が入っているようですね」と聞いてみたところ、肩はパンパンで、時々頭痛にも悩まされていたそうです。

Aさんにとって、自己主張をすること、ノーと言うことは、自分を解放することであり、それはつまり、からだの力も抜くことになります。Aさんは、日常生活で適切な自己主張をすることを進めながら、また一方では、からだをリラックスさせることも並行しました。こころの状態とからだの状態はリンクしている印象的なカウンセリングでした。


Bさんは夫の激しい暴力で、心身共に深い傷を負っていました。このような場合、カウンセリングにおいて、感情は身体化されて出てくることがあります。Bさんは話をしているうちに非常に強い怒りが出てきました。激しく泣きながら、表情が一変し、息が早くなり、そのためにさらに怒りが強くなっていっていました。暴力の被害者は、このような状態になることがあります。

私はBさんに、一緒に歩きましょうと提案しました。Bさんは少し落ち着きましたが、腹立たしい話しを続けながら歩いていました。私はゆっくり歩きながら、Bさんには呼吸のリズムをとったり、「足や息の感じはどう?」と聞いたりしました。するとBさんは突然しゃがみこみ、激しく泣き出しました。その涙は、怒りではなく、自分のための悲しみの涙でした。そこに行きつき、Bさんはようやく本当に落ち着きを取り戻しました。

Bさんとのセッションは、感情とからだの状態がリンクし、相互に影響し合っていることが現れたものでした。Bさんの"思い"はBさんを占めていましたが、逆にからだに意識を向けることで、「今、ここ」にしっかりとつながることができ、Bさんは落ち着いて自分に向き合い、感情を受け止めることができたのです。


このように、心理カウンセリングにおいても、「からだ」への視点はとても大切だと実感することがよくあります。
セッションの進め方は、相談者が求める方法に添っていくことが大切です。一方で、他の視点を持つことも大切です。

私達は、「からだ」と「こころ」をわけずにみる視点をもちながら、その関係性を考えてアプローチすることを目指しています。 

蓮のセラピスト(ワークショップ担当)のスーと申します。


2007年までアメリカで、グリーフケア、家族療法とアートセラピーのセラピストとして働いていました。 現在は不定期ですが、蓮でのアートセラピーのワークショップや、アートセラピーの開始に向けて、蓮にかかわる人の素敵な笑顔に支えられながら、マイペースな歩みを続けています。


アート
私にとってアートとは、自分の存在を確認するための言葉と同じくらい大切な表現方法でした。最終的に彫刻を専攻しましたが、粘土やら、コンクリートやら、溶接やら、全身を使って汗を流して制作をすることで自分の心の中の思いや、迷い、感情などと向き合えていたのかも知れません。 

卒業個展の準備をしていたある日、シンガポール出身の友人が様子を見に来てくれました。 彼女は一番気に入った作品をみつけ、私に説明をしてほしいと言ってきました。その作品は他の作品と違って自分が作ったものなのに、なぜかこちらに語りかけて来ない、自分にとってもどういう意味があるのか、なぜこの作品を作ったのか、よくわからないものでした。 

2人で作品の前に座り込み、あまり深く考えず、"月が割れて、月から何かが生まれてきているみたいだね" と口に出した瞬間、私の目から涙がポロポロっとこぼれ落ちてきました。

友達もビックリ、私もビックリ、でも涙がどんどん出てくるばかり。 

そして、"ああ、これは姉の出産のことなのだ"と、一瞬にして納得できるという経験をしました。 

横でおろおろする友人に、"姉が出産して、新しい命に感動して" とまた急に話し出し
不思議そうな顔をされました。


アートセラピー
アートセラピーは ・作品を通しての気づきがあるもの、・制作過程を重視するもの、・作品についての語りあいから発見があるもの、・作品を分析するもの等、とても多様性のあるセラピーです。 

自分にとって意識されていない感情や記憶、あるいは、からだからのサインなどが作品を通して可視化され、"私"を知るヒントを与えてくれます。 そのヒントをセラピストとともにたぐり寄せながら、自分を向き合う時間を持つことがアートセラピーの特徴といえるでしょう。

これまでに、虐待を受けた子供とその家族、グリーフケア、がん患者、アルツハイマー患者、ADHDの子供のグループ、個人、ファミリーなど、色々な場所で、色々な方を対象にアートセラピーを提供させていただくことができました。

こころとからだの対話を大切に、細やかなセラピーを提供しているリラクセーションスペース蓮で、アートを通しての"自分"と"自分のこころ"との対話をより多くの方に紹介できることを目指していきたいと思います。

今回もブログを読んでくださり、ありがとうございました。 
自分の、"こころとからだの対話方法"をもつこと、大切にしていきたいですね。

Saito1.jpg漢方・東洋医学的健康相談とセンサリー・アウェアネスというソマティック・サイコセラピーをさせていただいている斉藤由香です。

ソマティック・サイコセラピーって何だろう?と思われた方もいらっしゃるかもしれません。そこで今回この場をおかりして、「ソマティック・サイコセラピー」について少しお話したいと思います。

ソマティックという言葉は、もとは古代ギリシア語の「身体」をあらわす言葉、soma(ソーマ)からきています。ここでいう「身体」は「body」とは少し意味合いが異なります。通常bodyは外側から客観的にとらえられる身体のことを指します。一方、somaとは自分の内側から感じられる身体のことを指します。例えば、切断された腕はbodyの観点からみれば依然として「腕」という身体の一部ですが、somaから考えればそれはもはや身体の一部ではありません。(幻影肢などの場合はまた別ですが)。なぜなら、somaにおいては「見える」ことではなく、「感じられる」ことが重要だからです。これについてもう少し詳しくお話したいと思います。


ところで、内側から感じられる身体って、どういうことなんでしょうか?

自分の内側を感じるための感覚を身体感覚といいます。身体感覚には、内臓感覚、固有感覚など、さまざまな感覚が含まれます。
内臓感覚とは文字通り内臓の感覚です。例えば緊張状態にあるときには、自分の心臓がいつもよりも早くなっているのが感じられますよね?そんな感覚のことです。
固有感覚とは自分の身体が今、どんな状態にあるかを知覚する感覚のことです。例えば目を閉じていても真っ直ぐに立っていられるのは、自分の身体が無意識のうちに地球の重力と自分の姿勢とのあいだでバランスをとっているからです。また鉛筆を握ろうとするときには、手の指はちょうど鉛筆の太さに合うように自然に円を形作りますし、誰かを振り向かせようと軽く肩を叩くときには、無意識のうちに相手の肩と自分の腕の距離を測り、適度な角度でその肩を叩くでしょう。こんな動作にも固有感覚の働きが関与しています。

他にも皮膚感覚なども内側の感覚といえるでしょうし、現在分かっているだけでもこれら以外の感覚がいくつかあります。


つまり内側から感じられる身体とは、こうした身体感覚を通して、わたしたちが自分自身の内側に注意を向けたときに感じられる身体、いわば目を閉じた状態でも感じられる自分自身の身体であり、さらに言えば自分がいま・ここに存在しているという存在感のようなものをさします。

ソマティック・サイコセラピーの根本的な考え方では、この「感じられる身体」には、私たちが気づかずにいるたくさんの知恵や、生きるために必要なバランス感覚や、多くの情報の中から必要なものをより分けるセンサーや、危険を察知する直観力や、その他もろもろの素晴らしい能力が生き生きと息づいていると考えます。そこでこの潜在的な生きる力に気づき、伸び伸びと成長させてゆくことをセラピーの目標とします。

つまり、「感じられる身体」すなわちsomaに働きかけるということは、bodyでもmindでもなく、そのどちらをも含みこんだ私たちのより根源的な全体性に働きかけることになるのです。そして今まで気づいていなかった自分自身の潜在的な力を見つけ、それを生き生きと開花させてゆくことは、かならずや自分が世界と関わりあう、その様式に変化をもたらすでしょう。この変化はもちろん精神面にも大きな影響をおよぼしてゆきます。「ソマティック・サイコセラピー」という名前の所以はここにあります。つまり、somaに働きかけることがサイコセラピーの側面もあわせもつということを示しているのです。

身体と精神の関係については、リラクセーションスペース蓮で2ヶ月に1回おこなわれている心身医学レクチャーで、さまざまな視点からお話しています。興味のある方は是非ご参加下さい。

somaの話をするだけで、こんなに長くなってしまいました。またの機会にセンサリー・アウェアネスについても詳しくお話したいと思います。

それにわたしのもう一つの専門分野、東洋医学的身体観もいずれお話できればと思います。こちらは連載にでもしない限りはなかなか終わらないでしょうが・・・

最後になりましたが、読者の皆さまが、どうか、健康で生き生きとした人生を歩まれますように
そして多くの実りがその人生にもたらされますように。

2011_Osakajo_Ume.JPG少しずつ春の気配が感じられるようになり、梅もほころび始めましたね♪♪
リラクセーションスペース蓮で心理カウンセリングを担当しております、臨床心理士の今西彩と申します。

蓮で勤務して1年が経ちました。たくさんの出逢いがあり、学びがありました。今日は蓮の紹介を兼ねて、私の蓮での役割と、学んだことを少しお話させてもらいます。

蓮での役割は①バイオフィードバックのお手伝い、②カウンセリング、③雑務(笑)です。

私の専門は臨床心理学です。
つい何でもこころの問題として考えてしまうことが癖になっていました。しかし、身体は心であり、心は身体であり、身体の声を聴くことは心の声を聴くことであるということを学びました。

一方から見るだけでは、人間存在を理解できないのです。このことは、蓮で最も感銘を受けたことで、その学びを大切にカウンセリングをしております。


ところで皆さんは対人援助職に関わる人にどんなイメージをもっていますか?いつも穏やかで、笑顔を絶やさず・・・なんて思っている方もいらっしゃるかもしれません。でも、皆、怒ったり、泣いたり、笑ったり、わがまま言ったり(これは私だけかも(笑))、汚い部分も、弱い部分もあります。

だからこそ、対人援助職ができるのではないのかと思っています。でも、蓮で働く人に共通していることがあります。それは、クライエントさんと真摯に向き合い、専門家として、クライエントさんの力になれるよう、努力を重ねているということです。

蓮には様々な専門家が働いています。バイオフィードバックの専門家でもある心療内科医、看護師、エサレンボディワーカー、薬剤師、アートセラピスト・・・などなど。様々な視点からクライエントさんと向き合っています。複雑で多面的な人間存在を理解する仕事に携わる私にとって、とても心強い味方です!!

人間存在は複雑です。光が当たれば、そこに影ができるように、相反する感情をもって私たちは生きています。これを御覧の方の中には、人生の不運に遭われ、暗闇に沈み、光を見失っている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、「いかなる醜悪な生も、死の側から見ればひたくれないに輝いている(霜山,1989)」と私は信じています。その暗闇に微かであっても、光を灯せるセラピストでありたいと思います。

硬いご挨拶になりましたが、見てくださった方との出逢いに感謝しております(*^_^*)


霜山徳爾(1898) 『素足の心理療法』  みすず書房

 

 「蓮」の '心と体をつなぐ' バイオフィードバック セラピスト の

  いそべ えつこ

です。

 わたしは看護師、認定心理士、そしてオーラソーマⓇのプラクティショナーです。

蓮では、クライアントの皆様のからだ、こころ、のつながりについてバイオフィードバックやカラーケアシステムを通して、一緒に感じていきたいと考えています。

 どうぞよろしくお願いします。

 

さて、わたし、実はただいま歯科で治療中です(ぎゃー!!)。
そして、痛いことが大嫌いです。
ときどき、夢の中でも歯科で治療を受けている夢をみて「やめて~~。」なんてやってます。

 もう、何カ月も見て見ないふりをしていた虫歯・・・。
ついに意を決して歯科のドアを開けました。

 ある人から、「いろんな歯科に行ってみたけど、自分はこの歯科が一番いいと思う。」と紹介された歯科です。
スタッフはおじいちゃんせんせいと若せんせいの二人っきり!受付、助手なし!

雑然と先生のたいせつなもの(主に飛行機)があしらわれたとっても個性的なしつらい。
最近流行の、まるで美容院もしくはカフェ?のようなクリニックとは違った、伝統的な歯科の様態。 ・・・いろんな意味で帰りたい。

どういう判断なのか、私の担当は若せんせいになったようです。
ドキドキしながら、座布団のひかれたソファーで、半分腰を浮かせて待っていると、ついに順番になりました。 そして、死刑台(診察台)にあがって、あれやこれやと、一通りの先生の診察が終わりました。  

あとは告知を待つのみ。

 

 心のなかは始まってもない治療の妄想で、こころがどこにあるのかよくわからなくなっていたときです。
「ひょっとして、食いしばり、歯ぎしりがありますか?」
と先生にきかれました。

 これは意外な展開でした。虫歯の治療のことを言われると思っていたからです。
寝ている間に歯を食いしばっているらしく、朝起きた時あごが、「重たくて、だる~い」感じ。口を大きくあけるのがつらい。

なぜ、わかるのだろう?
いままでいくつか歯科にかかったけど、そんなこと言われたことが無いのに。しかも初診で。

「口が開けにくいんですね?」

 そう、大きく口を開けたままが苦しいので必要以上に歯科治療は力がはいってしまうのです。  

「いやぁ~、よくわかりますよ。僕もそうでしたから。調子の悪い歯を食いしばることで、歯が暴動を起こしているんです。」

そして、せんせいは、ご自身もたくさん虫歯があり、けっこう怖がりで治療が嫌いなことや、食いしばりの癖があってその結果として知覚過敏などの症状があることをおはなしされました。

 治療の恐怖におびえ、口も開けにくいわたしに、実体験に基づいたあごの関節のマッサージや顔の運動について、実演しながら教えて下さいました。

その顔!! 一生懸命教えてくださっているのですが、顔の筋肉をものすご~くつかうので、先生の顔が、変で、びみょ~なのです。

ご自身は食いしばり癖があるということなので、慣れた様子で、あごの筋肉をほぐすためのストレッチをご教授してくださっているのですが、わたしのほうは、その内容を理解するよりも、笑いをこらえるのが大変なのです。

しかし、先生は、おかまいなし。わたしの表情があごの運動について理解した感がないので、 「いいですか?ここの筋肉を伸ばすようにですよ。」 と、より熱心にその運動を続けて下さるのでした。・・・ある意味天然。

歯科で不覚にも、久しぶりに笑ってしまいました。

 「今は虫歯の治療より優先させるべきことがあります。」

 ・・・ということで、その日の死刑執行(虫歯の治療)は免れたのでした。

 

 わたしはこの歯科で、病院に行くまででもないけれども、割と頻繁に気になっていてずっと誰も答えを教えてくれなかった、食いしばりからくる、あごの不調 「額関節症」 について、取り組むことになりました。

それは、同じ経験をして、それを理解してくれる人がいるということ。そしてその症状に対する治療の知識があるということ。その信頼感があるからできていることだと思っています。

 

理解してくれるひとがいるということ。

 これは逃げたいような苦しいこと、そのことに自ら取り組んでいく勇気を与えてくれると思います。

 すべての経験をすることはできないけれど、理解することなら、こんな「びびり」のわたくしにもできそうです。
なにか、もやもやしていて、すっきりしない、このブログを読まれているそこのあなた!! ちょっとばやいてみまでんか?

「蓮」でお待ちもうしあげています。

 

はじめまして!!


エサレンボディワークのプラクティショナー、看護師の中畑美穂と申します。

看護師として勤務後、2004年にエサレンボディワークの資格を取得し、現在、大阪市内で活動しております。ご縁があり、今年3月からリラクセーションスペース蓮でPSPのアシスタントをさせていただいております。これからはボディワークのセッションも担当させていただくと思います。

よろしくお願いいたします。

 

題名「からだは自分の生きざまの総決算である」は南山短期大学人間関係科教授のグラバア俊子先生のお言葉です。私はつねづね、「身体はこころを映し出してくれる鏡」だと思っていますので、この言葉がストンとこころに響きました。私が担当していますボディワークや心身症と深く関連がありますので、今回この題名をお借りしました。

 

今日は「ボディワーク」についてお話したいと思います。

「ボディワーク」という言葉を初めてお聞きになる方がいらっしゃると思います。ボディワークとは、自分の身体に耳をかたむけることです。つまり、五感、呼吸、筋肉の緊張などに気づいていくことから、そこに現れている自己に目覚めていくこと。自己成長にとって、身体というものが、どのような役割を果たせるか知的に理解することです。

 

 

私たちは、小さい頃から「頭でよく考えなさい」と注意されましたが、「よく身体で感じなさい」とは言われませんでしたよね。学校で、ある程度身体のことを習っていても、実際の家庭において家族の心身の健康に深い関心は向けられていません。大人になってからは、少しでも具合が悪ければ医師やくすりに頼り、人間の自然治癒力には気づいていません。ですから、自分の身体に耳をかたむけること自体がよくわからなかったり、自分をみつめることが面倒だったり、躊躇もします。

 

ボディワークにより、2つの気づきがあります。

1つめは、身体とこころはひとつであること。

デカルトの「心身二元論」は、「こころは身体とは別の存在で、これらが一体となっている時に生きているのであり、こころが身体から離れていくのが死である」という考え方です。病気だけを追求したからこそ、医学が進歩したわけです。しかし、本来はこころと身体は切り離すことができません。

人間はこころと身体と魂があわさったものだと思います。

 

2つめは、心理状態は行動に現れるもので、ある行動がおこれば必ずそれに伴う心理状態が反映されているものです。からだと情緒の健全さは必ず並行しているということです。これらに注意を払い続けることが大切です。

 

エサレンボディワークは「ロングストローク」により、全身をマッサージしたり、揺らしたり、関節を動かしていきます。単なるリラクセーションだったり、身体のこりや痛みをとるものではありません。悪い場所を診断するものでもありません。エサレンは「からだについての特殊な学び方」をサポートしているのです。

 

「人間には自然治癒力があり、気持ちのこもった対処とこころ遣いがあれば、ストレスを和らげ、自己治癒力を高められる」という考え方をもっています。ゆっくりしたリズムのロングストロークにより、深いリラックス状態に入ります。繊細で穏やかなタッチにより、自分の身体に意識が向かい、自分自身を癒す力がますます高まっていくのです。

 

プラクティショナーの手を通して、ご自身のからだをじっくりと感じてください。

 

みなさま、本年もよろしくお願いいたします。

昨年は長年変わらなかった政権が変わり、社会情勢も一つの節目を迎えた感があります。今年は、どんな年になるのでしょうか。

蓮が本格始動したのは2007年で、今年で3年になります。蓮に来られるクライエントの皆さんは、医療機関の保険診療ではもの足りず、巷の施設では不安が残る、当施設の「いぶし銀」のセッションを求めて来ておられると実感いたします。

 社会は変わっていますが、蓮ではクライエントの皆さんを無理に「変える」ことはいたしません。変わる力は皆さん持っておられます。ただ、その力が何らかのくすぶりのために十分に発揮されていないだけです。

ですから蓮では、もともと一人一人が持っている素晴らしい力、自然治癒力、リソース、をできるだけ引き出して、変わってもよい状態になって自ら変わられるのを待ちます。セラピストはその力を引き出すお手伝いをさせて頂くだけです。

 そのために、今年のキーワードはずばり「五感を磨く」です。
五感とはいうまでもなく、見る(視覚)、聞く(聴覚)、臭う(嗅覚)、味わう(味覚)、触れて感じる(触覚)です。

生きるということは感じるということです。
この五感がくすぶって感じる力が小さくなってしまうと、自分の「からだ」や「こころ」と対話する力も弱くなり、いのちの灯がくすぶり、本来の力が発揮されなくなってしまいます。

蓮で行っている、バイオフィードバック、ボディワーク、カウンセリングのセッションは、この五感を磨くものと言えます。
バイオフィードバックは特に眼で見ることや聞くことを通して、こころやからだとの対話をします。ボディワークは特に触れられる感覚や香りを感じることを通して、からだ(こころ)との対話をします。カウンセリングは特に言葉で話したり聞いて感じることを通して、こころ(からだ)との対話をします。

五感を磨き、こころやからだと対話をする力を取り戻し、ひとりひとりの本来の力が発揮され、2010年が自分を生きる年となって、社会全体もよい変化に向かうことを念じております。

こんにちは。バイオフィードバック担当Yです。
 

私はよしもとばななさんが好きで、彼女の本はほとんど読んでいます。

 

最近、ずっと以前に読んだ「ハゴロモ」をもう一度読みました。本棚に並んでいるいろいろな本からふっと手を伸ばしてとったのが「ハゴロモ」でした。

 

本は、読むたびに心が揺れるところが違います。今回、「あれ...、前に読んだ時と違う...」と思いながら読みました。以前読んだときは、川が人の心にもたらす存在感や、失恋から時間を丁寧にたどっていく主人公に対して、思いが残ったのを覚えています。

私も若かったし(!)、家の近くに川があったので、同調できるところに思いがいったのでしょう。
 

今回は、主人公の友だちのお母さんの様子に心が動きました。

そして、本のちょうど真ん中ごろに出てくる言葉にピッときました。主人公ほたるは、失恋の痛みと都会の疲れを癒すために、川が流れる故郷に戻ってきました。

 

そこで偶然、スキーのインストラクターをしているみつるくんという男性と出会います。

みつるくんはお母さんと二人暮し。みつるくんのお父さんは事故で亡くなってしまったのですが、お母さんはその事故のショックで、ずっと家にこもり、食事も満足にできない状態になっていました。

 

お母さんのことを二人が話しているとき、みつるくんは次のように言うのです。
 
 「母は昔から、意志が強く、俺から見ても、心の力はものすごく強い。でも、体が弱っていくことをおろそかにしすぎなんだ。

 

俺は、体を動かすことで生計をたてているから、よくわかるんだ。体は心と連動して、微妙な力を発揮している。心が弱っていても、体を動かしていることで最低限の何かが保証されることはたくさんある。だから、体はああいうふうに機能を全く使わないでいると、そのうち、心を支配するほど弱っていくんだよ。

 

それがとりかえしのつかない段階にならないといい......っていうのが、今、たったひとつ心配していることなんだ。心の強い人は、たいてい心さえしっかりしていれば体はなんとかなる、って体のことをばかにしているんだ。でも人って、ある線を過ぎると、こんどは体が弱っていることが心を引っ張っていってしまうんだ。」
 

 

今回読んだときにここにピッときたのは、やはり、私が臨床心理の仕事をし、バイオフィードバックを始め、こころとからだのことに、気持ちもからだも向いているからなんだろうと思います。

 

仕事を重ね、たくさんのクライエントさん、患者さんと出会い、こころとからだについて、いろいろなことを考えたり、感じたりする毎日。

 

そういう私の変化が、読書にも現れていたようです。

みつるくんが言うように、「体は心と連動」することを、仕事を通して、そして私自身を通して実感しています。
 

さて、この後。

 

みつるくんのお母さんは、少しずつ回復していきます。

それには不思議な出来事が関わっているのですが、きっとそれよりも、時間をかける、ということが大切だったのだと私は受け取っています。

 

それはただ時間が過ぎていくのを過ごすのではなく、必要な時間をかけるということなんだろうと思います。悲劇に見舞われたみつるくんのお母さんは、毎日どんどん弱っていっていましたが、それしかできませんでした。

 

それはつまり、そうやって何もできないでいることが自分に必要なのだということを、自分でわかっていたのだと思います。でもそのことが、お母さんが少しずつ回復していくのに必要なことでした。

 

主人公のほたるも、いつの間にか時間をかけたことで、失恋の痛みから回復していきます。最後のほうで、ほたるはこんなふうに考えます。

 

「私は、時間をかけて、自分がちゃんと流れ着くようなところへ行こう。」

 

からだは、こころが感じたり、頭が考えたりする時間とは違った時間を過ごしているかもしれません。

私に必要な時間。からだもこころも頭も、それぞれの時間をかけること。

 

今回の「ハゴロモ」から感じたことでした。

 

今月のブログは、ボディーワーク担当の角田です。

昨年の9月以降、全世界における大不況の影響・・・身の回りの影響はいかがでしょうか?

男女関わらず正社員でお仕事をされている方、 人員削減で仕事の量が増えていませんか?

専業主婦の方、 ご主人様のお給料?変化がありましたか そして私も何かしなくては!と気持ちばかりが焦っていませんか?

働きながら子育てもされている方、 24時間があっという間! 自分の時間がもてない!!と思っていませんか?

 

この3つ、多かれ少なかれ当てはまるものがあったりして。

 

こんな状態の時気分はどうでしょう?

あまり優しい気分やいい表情はしてないですよね。

知らずと体調の変化・気持ちの変化に影響が生じてくることも。

愚痴ってしまったり・八つ当たりしたりすることも。

彼だったり・夫だったり・友人だったり・そして子供だったり

でも身近に当てはまる人がいなければどうしますか?

 

その時はつよ~い見方の第三者もいるんですよ。

私は、その第3者だと思っています。

私はボディーワーカーですので、マッサージで第3者の役目をします。

施術前に

「どこか悪いところや触れてはいけないところはありますか?」と

必ず訊ねます。

すると・・・

「肩が凝っているや腰がちょっと・・・」という返答はもちろんありますが

 

心臓(ハート)部分をトントンとたたき

「ここをなんとかしたい」と・・・・

「わかりました。」

 

その場合は「無」の時間を提供できるように、イメージします。

まず、いったん身体にあるいろんなものを排除して空っぽの空間を作ろう♪

そして

私のできる精一杯の気持ちが届きますように。

と心をこめて身体に触れる。

私はいつもこのスタンスでボディーワークを行っています。

 

マッサージは経験をたくさんつんでいるから、いろんな勉強をしたから

良いマッサージができるとは限りません。

(私は思います。)

 

いいものを伝えるにはまず、自分が幸せにポジティブに生きるように努める。

これは必須です。

(私はそう思っています。)

回りを見渡せばいいところってたくさんあるんですよ。

子供の笑顔、夫への愛情、人への感謝の気持ち

自分がまずおこなうことでそれがかえってきます。

なんて単純でシンプルな行動。でもそれがうっかり忘れがちになることも。

 

どうぞ第3者が必要だなと思ったときは

ボディーワークをお勧めします!

 

ある休日の昼下がり。


今日は徹底的にゆっくりしてやるっ!休んでやるっ!家から出ないぞ!というわけでDVDを借りに行きました。

小難しいのではなく、のんびり見れるもの・・と「ハンサムスーツ」を選んだんですが、これはハンサムを夢見るブサイク男の顛末を描いたコメディで。"ハンサム・スーツ"を手に入れた定食屋を営む琢郎が、ハンサムに変身して瞬く間にカリスマモデルとなるが・・・・っといった内容のものです。

そのとあるシーンで主人公と定食屋でバイトしている女の子が買い出しに出かけるんですね。「自分は幸せじゃないなー」なんて感じている主人公に、バイトの女の子がゲームを提案します。


『人の幸せを見つけておうちに帰りましょうゲーム』っというような名前だったと思いますが、人の幸せを見つけたら10歩進めるんです。どんな小さな幸せでもいい、例えば、「わーおいしそうにたい焼きを食べてる!」「10円拾って嬉しそう」とか。幸せを見つけたら写真を撮るんです。どんどん写真が増えてくる。そうすると人の幸せが自分の幸せのように思えてくるというわけです。

人のことって、批判的に見てしまったり、嫉妬する気持ちが入ってしまったりしてしまいますよね。自分のことにしてもそうかもしれない。自分のことって嫌いなところの方が先に目についてしまう。

そんなもんですね。

 

人は人間関係の中で生きています。人の悪いところばかり目についてイライラした時、自分のことが嫌になった時、まず、いいとこ探しをしませんか。
不幸だーなんて思ったらふと外に目をやって小さな幸せ探しをしませんか。

これは行動療法の1つなんですね。

いいところに目を向けることでその対象との関係が変わってくるんです。相手のいいところを探すことで、自分のいいところに目が向きだす。いいとこ探しは自己愛を刺激するんですね。

また、YouメッセージをIメッセージに変えること。これはとても重要ですね。
「あなた、これをやりなさい」でなく、「私はこうしてくれると嬉しいわ」というように。それだけで相手との関係がいい方向に変わってくるはずです。相手を変えようとしても無理なんです。自分が変わるしかないんですね。

もうひとつ今パッと思いついたのが、「すみません」でなく、「ありがとう」と言うことです。日本人って特にすぐ「すみません」って言ってしまうような気がしませんか?

 

ほんの少しの変化がことが、小さな幸せに繋がっていきます。
言葉にするのは簡単ですがなかなか自分だけではできないもの。
 

そんな人間関係の中に隠された幸せになるヒントを探すお手伝いもカウンセリングの中でできるのかもしれないと最近思っています。